vol.1 - 中山 布美雄さん(Industrial Designer)
いい道具は、使うたびに大きく主張するものではないのかもしれません。けれど、ふとした瞬間に「これがいい」と感じる。その心地よさが、毎日の食事の時間を支えています。
今回お話を伺ったのは、山崎金属工業のカトラリーを長年デザインしてきた中山さん。代表的な商品「カレー賢人」をはじめ、数々の道具の形に向き合い、山崎金属工業のものづくりを近くで見つめてきた方です。
長く使いたくなる道具には、どんな理由があるのか。中山さんの言葉から、その背景をたずねます。
一枚の図面から始まった関係
中山さんと山崎金属工業の関係は、一枚の図面から始まりました。
当時、中山さんは燕市の老舗洋食器メーカーT社と深くつながり、数多くの仕事を手がけていました。あるとき描いた図面が、山崎金属工業の先々代の工場長であった山崎智正さんの目に留まりました。
おそらくその図面を智正さんがT社さんの事務所で見たと思うんだ。そしたら、『これ誰が描いた』って話になったの。
その後、一週間ほどで智正さんが中山さんのもとを訪ねてきます。
「なんでこんなにうまく描けるんだかね?」
中山さんにとって智正さんは、知らない存在ではありませんでした。燕の業界でも、ものづくりへの強いこだわりで知られ一目置かれていた人。そんな智正さんが、自分の描いた図面を見て訪ねてきてくれた。思いかげない訪問に、少し気恥ずかしいような感覚があったのかもしれません。智正さんは仕事には厳しくても、人とのぶつかり方を知っている人だったそうです。
俺はね、智正さんの人柄に引かれたというかね。休みの日もさ、智正さんが来てね、『中山さんどうした? そばとおったすけ(近くに来たから)、よってみたて』なんて言ってねえ。仕事を表に出さないでね。
仕事の話だけではなく世間話をし、ものづくりのヒントを探しに、一緒に燕の外へも足を運ぶ。輪島や会津へ出かけ、同じものを見ながら言葉を交わす。そうした時間の積み重ねが、少しずつ関係を深めていきました。
逆のことを言うと、智正さんがいなかったら、俺デザインしてなかったかもしれん。
中山さんにとって智正さんは、仕事の依頼者であると同時に、自分をものづくりの世界へ引き寄せてくれた人だったのかもしれません。
“最後まできれいにすくいたい”という願い
副社長が「食べるとき、必ずスプーンを使う食べ物ってなんだろうね、という話から、カレーから始まったんですよね」と振り返ると、中山さんは、あるカレー屋さんからのコメントを思い出されました。
デザートスプーン(一般的な食事用スプーン)でカレーをすくっているという話を耳にしてね。だけど、カレースプーンというものがないのか、ということだったの。
中山さんは、日本の家庭で食べるカレーの特徴とその食べ方に注目しました。
日本のカレーは、皿の浅いところにご飯があって、その上にカレーが乗っかっていた。一般家庭はほとんど、9割以上はね。
そして、普通のスプーンで食べると、どうしても最後まで綺麗にすくいきれずに皿に残ってしまう。
そうすると、皿からご飯をすくう作業が、普通のスプーンではやっぱりどこかに残るの。やはり汚くなるの。それを何とかしたいな、というのが始まりだったわけね。
大きな不満ではないかもしれません。
けれど、最後まできれいにすくえたら、少し気持ちがいい。
良い道具は、こうした日常の中の「気になる」から生まれるのかもしれません。
なぜ、この形なのか
最後まできれいにすくうためには、どんな形が必要なのか。
カレースプーンと聞くと、従来の丸い卵形のヘッドを思い浮かべる人が多いかもしれません。でも、その形のままでは、皿の面に沿って最後までなぞることが難しい。
中山さんが考えたのは、スプーンとカレー皿が触れる“接点”でした。
どういうところでも接点には凹凸があるわけじゃないですか。それに、なぞりやすい、全部引っかかってくれることを考えると、やっぱりどこかで、こういう平らな部分が必要だったわけで。
普通のこういう(頭が丸い形の)スプーンだったわけよね、カレースプーンというイメージはね。あるいは普通のデザートスプーンがあって、それでカレーを食べる。どうしてもどこか残る(=最後までキレイにすくえない)
そこで必要になったのが、スプーン先端の平らな部分でした。
平らな部分に、より広い接点があるやつでないと、面白くないなというのが発想だった。
さらに、カレーはご飯だけをすくうものではありません。具材も一緒にすくうためには、スプーンヘッド幅も狭すぎてもいけない。
ある程度、この刃体部分(先端の平らな部分の距離)を稼ぎたかったというのはあるわね。やっぱりカレーの、ご飯以外の異種材をすくうときは、あんまり狭いとダメなんで、その辺もあってね。
接点の平らな形状、接点の広い幅、具材をすくうための狭すぎないスプーンヘッドの横幅。その一つひとつは、食べる動作に寄り添うための工夫でした。その機能を突き詰めていった結果、デザイン性にも優れたものが出来上がっていきました。
売れないかもしれない。それでも、必要だと思った
使いやすい理由があっても、それがすぐに受け入れられるとは限りません。
副社長が「売れるかも、という思いがあったのか」と尋ねると、中山さんは率直にこう答えました。
俺ね、はっきり言ってね、こういう新しい形のものは売れないだろうなとは思ったの。やっぱり日本人だ。こういう変形なものというかね、異質なものを入れても、なかなかなと思った。
新しい形には、便利さと同時に、見慣れなさがあります。まして、食事の道具は毎日手に取るもの。少し形が違うだけでも、受け入れられるまでには時間がかかります。
それでも「できるかもしれない」と思えたのは、現場から戻ってくる声があったから。当社の営業課長・中村が東京神田・神保町のカレー店やカレーマニアのもとへ何度も足を運び、粘り強く集めた生の声が大きな後押しとなりました。
中村さんの話を聞いてね。あの人が素晴らしいと思ったのは、相手からデータをもらって帰ってくるんだよね。いろんな情報を持ってきて、その中で『あ、できるかもしれない』というのを、中村さんからもらった。
ただ営業に行くのではなく、相手から「気づき」を得て、それを持ち帰る。使う人の声が、ものづくりを前に進めていきました。
一方で、作る側にはリスクもあります。
メーカーには金型リスクというものが洋食器についてまわったわけですよ。売れるか売れないかわからないものに、俺たち第三者が勝手に『こんな形がいいんだ』なんて言えないわけですよ。
メーカー側は現実のリスクを負い、デザイナーは精神的なリスクを負う。それでも、「やってみよう」と進める空気がありました。
山崎金属工業さんはその点、『いや、いいですよ。やりましょうよ。』というところがあったんだよね。
デザインだけでは完成しない
新しい形を受け止めること。そして、それを本当に使える道具に仕上げること。その両方があって、一本のカトラリーは形になります。
中山さんは、山崎金属工業のものづくりについてこう話します。
山崎金属工業だとね、できるという理屈、ヘタな理屈を言わないでやっちゃいますよ。
他の会社であれば、まずコストや製造上の手間の話から始まることもある。けれど、山崎金属工業には、まず形の可能性を受け止める姿勢があったといいます。
智正さんなんかはね、あの人も直感があってね、『おおおお、やろうや』って言うね。
副社長も、その感覚をこう振り返ります。
販売価格はいったん置いておいて、できるか、できないか。これがどういうふうになるんだろう、というところから考える様にしています。
ただし、デザインを受け止めるだけでは、道具は完成しません。実際に手に取れるものにするには、現場の仕上げが必要です。
副社長が「職人さんにメッセージを送るとしたら」と尋ねると、中山さんは、迷わず仕上げの力に触れました。
まずね、これは最後の仕上げが素晴らしいなと。デザインがね、40%デザインの力。残りの60%は仕上げです。製造から仕上げの力です。
形としては合っている。けれど、本当に重心が真ん中じゃなくてよいのか。それは長年のスプーンづくりの常識を覆すものであったため、職人たちに大きな混乱をもたらしたと副社長は話します。
デザインがあり、仕上げる人の手がある。
けれど、この道具づくりは、それだけで完結するものではありませんでした。中山さんは、山崎金属工業とのものづくりを「共同体」と表現します。
我々がどうこうというよりね、メーカーと関わっていくうちに、メーカーの一部分であるという認識があったわけ。本当は、共同体っていう意識がある。
そして、完成したものは自分の想像を超えていたといいます。
山崎金属工業の場合はね、俺の考えている120%のものになる。俺が想像しているより、すごいねっかって。いいようになったね、というのはある。
副社長が「デザイナー、製造、販売がみんな同じグループで、誰一人脱線することなく作り上げた」と話すと、中山さんはこう応えました。
俺もね、そう思います。スプーンじゃない。とにかく山崎金属工業、現場の人、工場長の立場、みんな一緒でやったっていうね。本当そうです。
一本の道具は、ひとりの力だけで生まれるものではありません。形を考える人がいて、仕上げる人がいて、使う人の声を届ける人がいる。その積み重ねの中で、長く使いたくなる道具は生まれていきます。
中山さんにとっての“相棒”
ここで、話は中山さん自身の仕事道具へと移ります。
副社長が「仕事の時に大切にしている道具ってありますか?」と尋ねると、中山さんが取り出したのは、200円の物差しでした。
これね、200円の物差し。普通はここに余白があって、そこからゼロが始まるんだけど、これはゼロのところでちょん切ってあるんですよ。
余白があると、正確に始点を合わせにくい。だから、自分で切る。
ゼロの時はこっちにピッてやって、ここから出発する。これが一番使いやすい。もっと高い、いいやつもいっぱいあるんだけど、試しに買ってみたら使いにくくて。
もうひとつ、大切な道具として挙げたのが雲型定規でした。
あとは、雲型定規っていうのがあるじゃないですか。あれは全部、自分用に削ってあるんです。
買ったままでは、自分が思うカーブがない。だから削る。
買ったまんまのものは、なかなか使えなくてダメなんですよね。もう分からないぐらい削りました。ほとんど原型はありません。
高価かどうかではなく、自分の手に合っているか。使い続ける中で、道具を自分の感覚に近づけていく。
これは大事なの。器物(なべ、かま)なんかは、本当にこれがないとダメなんですよ。これがあると何でも書けますよ。
中山さんにとって、道具は買って終わりのものではありません。手に合わせ、使い続け、自分の感覚とともに育てていくものなのだと感じます。
価格ではなく、理由で選ばれる道具へ
カレー賢人は、山崎金属工業にとっても大きな転換点になりました。副社長は、こう話します。
このカレースプーンって、僕の中でも大きい存在ですし、これをきっかけに、山崎金属工業が少し変わったなと思って。
今までの業務用向け販売から、一般消費者にも直接届ける方向へと変化していきました。副社長はこの一本を作るにあたり、10年後の業界を見据え、コスト体系をダイナミックに見直しました。
外注さんを含め、職人と言われる人達が減っていくのをどうにかしたくて。将来の職人さんを育てるために、ここをスタンダードにしようと思って。
もちろん、見積もりを出せば「高い」と言われる。それでも、手をかけてつくったものを、手をかけた理由とともに届けていく必要がありました。
(社内のベテランからは)1500円のスプーンなんか売れるわけねえって言われた。でも、売れてるわけじゃないですか。その代わり、今までと全然違う手法でアピールをしてやってきたんですよ。
価格だけを見ると、高く感じることがあります。けれど、その価格には理由がある。大切なのは、その理由をきちんと伝えることでした。山崎金属工業は、自らが商品の魅力を語り、実際に手に取ってもらう体験の場をつくることから始めました。これまでにない形だからこそ、なぜこの形なのか、どんな苦労があったのか。その物語を、一人ひとりに届けることが、新しいアプローチでした。
中山さんは、消費者として見ても納得できると話します。
俺たちが見てね、おたくが高いのってのは、理解できるの。納得できるね、というのはね、コバ(スプーンをカットした断面、切り目)から何から他と全然違うんだもん。
見えにくい部分まで手をかけること。口に触れる道具として、細部まで整えること。道具は「安いか高いか」だけでなく、「なぜその価格なのか」を知ることで見え方が変わっていきます。
口に運ぶ道具だからこそ
最後に、10年後のカトラリーについて尋ねました。中山さんは、日本の漆の文化と、ヨーロッパのスプーンの文化には共通性があると話します。
漆の良さというのは、時代とともに日常の中で意識されにくくなって、プラスチックに変わったりしているけれど、本当の文化っていうのはそうじゃない。
形だけをまねるのではなく、文化まで理解して作ること。中山さんは、そこに残っていくメーカーの条件を見ていました。
スプーンなんかもね、コバの目が残っていない(=スプーンの側面が丁寧に磨かれている)とか、そういうところを理解してきたメーカーがある。そうしたメーカーは、分かりやすい意味だけでなく、文化まで理解して作っているわけですね。
そして、カトラリーという道具について、こう語ります。
やっぱり、口に入れるものっていうのは、それなりのちゃんとした品格みたいなのが欲しいわね。
手に取ること。口に運ぶこと。最後まで気持ちよく食べられること。毎日の食事の中では見過ごしてしまう感覚も、背景を知ることで少し違って見えてきます。
副社長は、燕でものづくりを続ける意味を、次の世代へつないでいきたいと話しました。それに対して、中山さんはこう言います。
山崎金属工業は大丈夫ですよ。ものづくりに対して、先代の時代から、智正さんのこだわりがすごかったよね。今度はお前さんが、全部そのこだわりを伝えてるものね。
そして、最後に残した言葉が印象的でした。
このスピリットがある間、大丈夫らてばね。
長く使いたくなる道具には、理由があります。
形の理由。
仕上げの理由。
価格の理由。
そして、その背景にいる人たちの理由。
一本のスプーンから見えてきたのは、道具がただの“もの”ではなく、長く付き合っていく相棒になっていくまでの物語でした。
中山さんは、山崎金属工業にとって、ただカトラリーをデザインしてきた人ではありません。一枚の図面から始まった関係の中で、山崎金属工業のものづくりを見つめ、現場の力を信じてきた人でした。
印象的だったのは、中山さんが「共同体」と語ったことです。
一本の道具には、形を考えた人だけでなく、それを本当に使えるものにする人たちがいて、食卓へと届ける人たちがいます。
道具には、そうした人と人の関係が宿っている。中山さんの言葉を通して、そのことが少しだけ見えた気がしました。
「口に入れるものには、品格がほしい。」
その言葉を持ち帰りながら、道具の見え方が少し変わった気がしました。
(2026年3月 取材)















